ドラえもん最終回を考察

ドラえもんの最終回については自信をもって言える結末がある。

ドラえもん最終回と言えば有名な話。
ある日ドラえもんが故障して動かなくなってしまう。
そしてのび太は「ぼくがドラえもんを直してやるんだ」と決意、これまでの劣等生だったのがウソのように勉強に励み、出木杉をも凌駕するようになる。
それから月日は流れ、科学者になったのび太ドラえもんの修復に成功する。
目を覚ましたドラえもんは故障直前の記憶しかなく「のび太くん、宿題は終わったのかい」と答えるのだった。

この泣ける話(笑)は昭和最後世代に小学生だった私が小学生の頃に都市伝説で耳にしたものだった。
そして、この話を同人誌化した人が藤子プロによって訴訟を起こされたことがある。
それでもこの泣ける話(笑)のクオリティが高いと、正統な最終回にして欲しいという声さえあるらしい。

んな馬鹿な(笑)。
こんな安い感動ポルノで藤子不二雄作品の二次作品を作るでない。
藤子不二雄作品を、AもFもともに多くの作品を読んだ人なら鼻で笑うような話である。

余談ではあるが、90年代サブカルチャー雑誌「GON!」において最終回ではなく創作開始のような「こうしてドラえもんが生まれたのではないか」という考察があって、その内容が面白かった。

F「未来から来た猫型のロボットがね、少年を助ける話を書こうと思うんだよ。でね、未来の不思議な道具を使うってどうよ」
A「そりゃいいね。で、あれだろ。ダメでクズでカスなガキがクラスでいじめにあうんだろ。それでその変なロボットの道具を使って復讐してやるって話だ!」

FもAも両者とも歪曲化してはいるものの、泣ける(笑)とされる都市伝説最終回よりよほど作者の特徴を捉えたエピソード(というか妄想というか憶測)だと思う。

前置きが長くなった。

それで持論であるドラえもん最終回にもっとも納得の行く話というのは、「ドラえもんターミネーター説」なのだ。
まあ、「ターミネーター」はいまさら誰もご存知の映画なのだけど軽く説明するが、未来社会で権力側が存在に困る人間がいるから過去のうちに抹殺しようと殺戮マシーンがタイムスリップする話だ。
そう、ドラえもんの本当の目的はのび太の将来を葬ることであると言うことだ。

のび太が将来悲惨な目にあうのを助けるためにやってきたというドラえもんの目的は時間犯罪行為である。
ドラえもんという作品のフィクションラインとしても時間犯罪者というものが存在しているし、時間犯罪者が時間警察によって処罰されるエピソードだってある。
だけどなぜドラえもんは処罰されないのであろうか。
のび太がこのままの時間軸を進むのであればジャイ子と結婚する未来があると言う。
しかし、ドラえもんの依頼主のセワシのび太の曾孫であり、この未来を消失させると自信の存在も消失することになるのだ。

つまりここで考えられることは、のび太ジャイ子と結婚した時間軸において、それを厄介に思う存在があると言うことだ。

まず考えを改めよう。
のび太はダメではない。
ドラえもんも使いようもない道具を予想しなかった使い方をして見せることもある。
また、特技が綾取りで、これは空間把握能力に長けている考えられるし、ゴルゴ以上の射撃能力だってある。
むしろ、非凡な少年であると考えた方が良い。
また、本来の配偶者であるジャイ子でも漫画家を目指すように想像力豊かな少女であるし、兄であるジャイアンに比べて心優しい。
むしろ、ドラえもんの暗躍によって配偶者にされる源静香の方が級友たちの心を弄ぶビッチぶりだ(笑)。

となると、のび太ジャイ子の間に生まれる子供が、後の社会に大きな影響を与えるであろうことは予想できる。
セワシだってのび太に酷似するけども、本当にのび太の血縁者かどうかだって疑わしい。

ここまで持論を書きなぐってきたが、泣ける(笑)最終回の「のび太くん宿題」(笑)がナンセンスなのはドラえもん以外の藤子作品を読んだ人であれば納得できると思う。
オバケのマスコットキャラが帰ってくるも厄介払いされる話とか、宇宙漂流して出会った女の子に一目惚れしたけど食肉用家畜として食われる話とか、夜に蔓延る不穏な空気は陰謀でもなんでもなく本当に世界が破滅する話とか、超人的な力を得た男が小さな正義感で暴虐の限りを尽くしたら超人的なガン細胞で人生を終えるとか、F作品の本領は感動ポルノに甘んじるような作品群ではないのだ。

かつて藤子両師だけでなく、数多のトキワ荘メンバーのリーダーで精神的支柱にあった寺田ヒロオ師の言葉をもじるなら「のび太ドラえもんを作るなんてタイムパラドックスの解決にもならない甘っちょろい結末だったのか!」と一瞥もしたくなるのである。